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ボヘミアンビーズ

ボヘミアのとんぼ玉・トレードビーズ
 ボヘミアは、現在のチェコ共和国の西部・中部地方を指します。
ボヘミアのとんぼ玉・ビーズ産業のルーツは、宝石加工に始まったと言われています。特に、ガーネットの加工で知られたそうですが、ヴェネチアが安価で美しいルビーレッドのガラスビーズを発明したことで、チェコのガーネットは市場(しじょう)において大打撃をこうむります。
 そこで、1706年、ツルノフ(地方名)のWenceslasとFranz Fiserという二人の職人を、ヴェネチアのビーズ工場に送り、赤いガラスビーズの製作方法を学ばせたという記録が残っています。
しかし、そこでビーズ作りの秘伝を得ることはかなわず、肩を落として帰国したようですが、数年後、彼らが美しいルビーレッドのビーズを発表したことから、何らかの技術を自力で学び取り応用したのではないかといわれています。

長い間、ガラスビーズ製作法については、ツルノフ門外不出となっていたのですが、ある時、製作法が漏れ、それから一気に周辺の村々もビーズ製作を始めます。
最終的に、ヤブロネツとニソウという地方がビーズ生産の中心となっていきます。
ヤブロネツにビーズ工場ができたのが1787年。
 当初は、ヴェネチアンビーズの模倣であったボヘミアンビーズですが、徐々に、独自のスタイルを確立していきます。
ヨーロッパ向けのヨーロピアンスタイルの他に、アフリカ、中東そしてインド向けにさまざまなデザインを展開していきました。

 Peter Francis氏の著述に、彼らは"sample men"というシステムを作り、世界中の辺鄙な土地にまで人を送り、そこで最も価値があるとされている宝を買い取り、ボヘミアに送ってイミテーションを作り、どんどん商売にしていったという興味深い記述があります。

 ボヘミアの成功の一因となったのは、「型」の使用です。特に、1830年代にプロッサー兄弟が発明したボタンを作る器械(上図:1880年Jean F Bapterossesによるプロッサー器械のスケッチ)を応用して、とんぼ玉・ビーズ作りが飛躍的に向上します。
 そして、もう1つはガラス工芸家フランツ・リーデルによるウランガラスの発明。
極微量のウランを使用することで独特の美しい黄色や緑の発色を作り出したのです。【雅】
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